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2017年 08月 17日
写真家の眼差し
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16日から日本橋高島屋で始まった「沢田教一」写真展に行って参りました。
彼を一躍有名にしたピューリッツァー賞受賞の「安全への逃避」をはじめ、激しい戦闘に顔を引きつらせる兵士の
生々しい表情など、見る者を圧倒する光景が写し出されています。いまでも世界のあちこちで戦争があり、そこには
数多くのフォトグラファーたちが集まって戦争の悲惨さを伝え続けていますが、映像技術の進歩とともに現在では
ビデオジャーナリズムが主流となっています。

私が思うに戦争に限らず、極限の場面を写し撮ることができるのはやはり動画ではなく1枚の写真ではないかと
思います。仮に沢田教一が「安全への逃避」を動画で撮影していたら、見る側はその場面をどのように捉えただろうか。
動画で撮っていても一連の流れの中で同じ瞬間が映っているでしょう。しかし見る側の脳内をすっと通過してしまう
のではないか。同じ映像でも写真は見る側に想像力を要求します。ここが写真の持つ力なのではないかと思うのです。

沢田教一は最前線の写真だけではなく、市井の人々の暮らしや子ども達の笑顔もたくさん撮っています。
激しい戦争が行われている同じ国で、子ども達の屈託のない笑顔は救いです。しかし1970(昭和45)年10月、
カンボジアで取材中に34歳の若さで銃弾に倒れました。戦場写真家としての名声もさることながら、報道写真家としての
眼差しは今も消えることのない輝きを放っていると感じました。

by granpatoshi | 2017-08-17 07:00 | その他 | Comments(2)